日本史
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» 明治初期までは寺院だった「こんぴらさん」
前回は先週行った徳島・香川方面旅行の1日目のことを書いた。その日は祖谷のホテルで一泊し、2日目は「こんぴらさん」に向かう旅程だ。
「こんぴらさん」へは今... [more]
from:しばやんの日々 date:2010年04月10日 18:50
» 祖谷の平家屋敷と平家落人伝説
前回はかずら橋のことを書いたが、祖谷(いや)は平家落人伝説でも有名な場所でもある。
屋島の戦いで敗れた平国盛率いる残党がこの祖谷に住んだと言われているのだ... [more]
from:しばやんの日々 date:2010年04月10日 18:50
» 県名と県庁所在地とが同じ県と違う県の意味?と歴史
はじめて日本の地理を学んだときに、県名と県庁所在地名をセットで覚えた。その時に多くの人は、例えば奈良県・奈良市や岡山県・岡山市というように県庁所在地の名称... [more]
from:しばやんの日々 date:2010年04月02日 22:28
» 醤油の歴史と本物の醤油の見分け方
醤油のルーツは古代中国から伝わったと言われているが、 いつの時代に伝わったかは良く分からない。
大宝律令には宮内庁の大膳職に属する「醤院(ひしおつかさ)」... [more]
from:しばやんの日々 date:2010年04月02日 22:27
» 明治時代に参政権を剥奪された僧侶たち
私が京都のお寺に生まれたことは何度かこのブログに書いたが、子供のころに何の理由もなく「くそ坊主」とか「洟垂れ小僧」などと罵られていやな思いをするようなこと... [more]
from:しばやんの日々 date:2010年04月02日 22:27
» 伊達政宗と酒 イラスト提供:キクイチ様
伊達政宗は酒好きで有名。酒に酔って失敗し謝罪する手紙を家臣におくったりしている。酒をもつ伊達政宗のイラスト画像【イラストレーター:キクイチ】ちなみに政宗と... [more]
from:歴史の散歩道 - d3blog date:2010年03月11日 19:50
» 狐(きつね)の嫁入り【狐の民話】 - 狐イラストなども【イラストレーター:胡頽子様】
イラストタイトル:狐【イラストレーター:胡頽子様】民話にでてくるような、美しいイラストを掲載させていただいたので、今回は狐にまつわる話について狐の嫁入りを... [more]
from:歴史の散歩道 - d3blog date:2010年03月05日 00:11
» 明治の皇室と仏教
5年ほど前に京都東山にある東福寺の有名な紅葉を見た後に、すぐ近くの泉涌寺に立ち寄ったことがある。このお寺も紅葉で有名なので訪れただけなのだが、この時にこの... [more]
from:しばやんの日々 date:2010年02月26日 23:46
» 一度神社になった国宝吉野蔵王堂
3年前の桜の時期にバス旅行で吉野に行ったことがある。有名な桜の名所だけに凄い人だった。
ここを訪れる人の大半が、行きか帰りに、東大寺大仏殿に次いで日... [more]
from:しばやんの日々 date:2010年02月21日 21:52
» 明治期の危機を乗り越えた東大寺
以前このブログで、明治初期に奈良の大寺院が次々と廃寺になって、石高が大きい寺院で今も残っているのは、興福寺、法隆寺、東大寺、吉野蔵王堂だという事を書いた。... [more]
from:しばやんの日々 date:2010年02月17日 19:48
» 明治の初期に、鹿児島県で何があったのか
以前「消えた門跡寺院」という表題で安永9年(1780)に刊行された「都名所図会」のことをブログに少し書いたが、その「都名所図会」が刊行されてから、全国で名... [more]
from:しばやんの日々 date:2010年02月17日 19:47
» 明治初期、廃絶の危機にあった東本願寺
明治の廃仏毀釈によって、全国で10万ケ寺あった寺院が5万ケ寺に減ったという記事を読んだことがある。その中で、浄土真宗は明治維新直後の廃仏毀釈の影響をあまり... [more]
from:しばやんの日々 date:2010年02月17日 19:47
» 文化財を守った法隆寺管主の英断
前回、明治の初期に奈良の大寺院が次々に廃寺となったことを書いた。江戸時代に石高の高かった8つの大寺院のうち3寺院が完全に破壊され、1寺院が神社になったのだ... [more]
from:しばやんの日々 date:2010年02月17日 19:46
» 曇りなき心の月をさき立てて 浮世の闇を照らしてぞ行く 伊達政宗
曇りなき心の月をさき立てて 浮世の闇を照らしてぞ行くこれは伊達政宗の辞世の句である。先のわからない戦国の世、月の光を頼りに道を進むかのごとく、自分が信じた... [more]
from:歴史の散歩道 - d3blog date:2010年02月04日 07:51
» 「瓶割り柴田」水瓶をガッチャンコ!柴田勝家(しばたかついえ)の驚きのパフォーマンス
柴田勝家が長光寺の城主であった時の事、近隣の大名であった六角氏が長光寺城に攻め寄せてきたことがあった。柴田と六角の戦況はほぼ五分で一進一退をつづけていたが... [more]
from:歴史の散歩道 - d3blog date:2010年02月04日 06:51
» 大谷吉継辞世の句「契りあらば 六の巷に まてしばし おくれ先立つ 事はありとも」
「契りあらば 六の巷に まてしばし おくれ先立つ 事はありとも」戦国時代の名将、大谷吉継の辞世の句を紹介しよう「契りあらば 六の巷に まてしばし おくれ先... [more]
from:歴史の散歩道 - d3blog date:2010年02月02日 18:55
» 古今伝授の太刀(こきんでんじゅのたち)
古今伝授の太刀(こきんでんじゅのたち)は豊後の刀工・行平作の作の日本刀で、現在は国宝に指定。安土桃山時代、細川藤孝より烏丸光広への古今伝授の際、藤孝より光... [more]
from:歴史の散歩道 - d3blog date:2010年02月02日 18:36
» 江戸の御触書 男が男を好きになるんじゃないよ!衆道の儀
江戸時代に幕府からのお言葉として庶民に対してだされた御触書(おふれがき)。こちらで通常とは一風変わったおふれをご紹介していきたい。衆道之儀二付、むたい成事... [more]
from:歴史の散歩道 - d3blog date:2010年02月01日 21:44
» 堀秀政 泣き面の男は法事に最適
堀秀政の家臣にはとても泣き面をした暗いオーラをムンムンはなつ男がいた。もうそれこそ日常から涙を流し、眉をひそめているような人である。
そのため家中の... [more]
from:歴史の散歩道 - d3blog date:2010年02月01日 04:31
» 我が本多の家臣は、志からではなく見た目の形から武士の正道に入るべし。本多忠勝
「我が本多の家臣は、志からではなく見た目の形から武士の正道に入るべし」これは戦国武将最強といわれた徳川家康の忠臣、本多忠勝が残した言葉である。「形や趣味を... [more]
from:歴史の散歩道 - d3blog date:2010年02月01日 03:46
» 水はよく船を浮かべよく覆す 徳川家康の名言【戦国時代】
「水はよく船を浮かべよく覆す」これは国民を水に例えていった言葉である。元々は唐の太宗皇帝の言葉である。善政を行っていれば、国民は政府という船をよく浮かべて... [more]
from:歴史の散歩道 - d3blog date:2010年01月31日 02:03
» 長州藩 戦国以来倒幕の機会を狙い続けた
高杉晋作を生んだ薩摩と並ぶ倒幕の雄、長州藩とは、毛利元就を先祖に持つ戦国の大大名だった。関ヶ原の戦いでは徳川についたものの、その後の領地削減などで120万... [more]
from:歴史の散歩道 - d3blog date:2010年01月31日 01:14
» 天和の大火 八百屋お七(やおやおしち)の話
八百屋お七(やおやおしち)は江戸時代、放火未遂でつかまった女の人の事である。この放火を起こしたいきさつが、特異だったためその後芝居などの題材として用いられ... [more]
from:歴史の散歩道 - d3blog date:2010年01月31日 00:48
» じゃがたらお春(じゃがたらおはる)の「じゃがたら文」
じゃがたらお春(じゃがたらおはる)は、江戸時代に長崎に在住し、後にジャカルタへ追放となったイタリア人と日本人の混血女性。
ジャカルタから日本へと宛てた「... [more]
from:歴史の散歩道 - d3blog date:2010年01月30日 17:18
» 松尾多勢子(まつお たせこ)尊皇派女性志士
松尾 多勢子(まつお たせこ)は、幕末期の尊皇派女性志士です。
現在の長野県飯田市にうまれました。
19歳で伴野村(同県豊丘村)の松尾淳斎に嫁いぎまし... [more]
from:歴史の散歩道 - d3blog date:2010年01月30日 16:25
» 明暦の大火(めいれきのたいか)ー 振袖火事事件
明暦の大火(めいれきのたいか)とは明暦3 年1月18日から1月20日におこった、江戸の大半を焼失する大火災。
その行ったいわれから振袖火事とも呼ばれてい... [more]
from:歴史の散歩道 - d3blog date:2010年01月30日 16:13
» 歌仙という名の刀|和泉守兼定之作 最上大業物【細川忠興の刀】
歌仙(かせん)という日本刀をしっていますでしょうか
室町時代の名工、和泉守兼定作の刀です。
戦国時代にはとても人気の刀となり、各国の戦国大名たちが争って... [more]
from:戦国,江戸時代へ 戦国,江戸の散歩道 date:2010年01月25日 18:14
» わら草履は投げて渡した。武家屋敷で使えていた奉公人のお仕事
江戸時代武家屋敷に働いていた奉公人
かれらが主人である武士に使えていたわけだが、そのなかには様々な仕事があった。
草履とりの、わら草履なげもその仕事の一つ... [more]
from:戦国,江戸時代へ 戦国,江戸の散歩道 date:2010年01月25日 17:28
» 大包平(おおかねひら)とは?日本刀最高傑作の一つ
大包平(おおかねひら)とは?大包平とは平安時代の古備前派の刀工、包平(かねひら)... [more]
from:武器,防具,道具屋商会 date:2010年01月25日 16:59
» 次々に廃寺となった奈良の大寺院
江戸時代の奈良の寺院を石高順に並べると、興福寺が15,033石と圧倒的に多く、次いで多武峰寺3,000石、東大寺2,211石、一乗院1,491石、法隆寺1... [more]
from:しばやんの日々 date:2010年01月16日 23:06
» 「奈良県」が地図から消えた明治の頃のこと
奈良県にはかって飛鳥浄御原京や平城京があり、古い寺院や神社が多くて日本人の心のふるさとでもある。この重厚な歴史のある「奈良県」という県名が、かって地図から... [more]
from:しばやんの日々 date:2010年01月16日 23:05
» 寺院が神社に変身した談山神社
3年前に談山神社の紅葉を見に行ったことがある。
事前にネットでこの神社を調べた際に十三重塔の写真を見て、「神社にこんな塔があるのは珍しいな」とは思ったが、... [more]
from:しばやんの日々 date:2010年01月16日 23:05
» 外国人に無着菩薩立像(現国宝)を売った興福寺
遅くなりましたが、新年あけましておめでとうございます。
昨年の11月下旬に、生まれて初めてブログにチャレンジしてみましたが、予想を上回るアクセスをいただき... [more]
from:しばやんの日々 date:2010年01月16日 23:04
» 悲しき阿修羅像
今年の春から秋にかけて東京と九州で開催された国宝阿修羅展は、それぞれ95万人、71万人という多数の入場者を集め大変な盛況だったそうだ。私も阿修羅像は大好き... [more]
from:しばやんの日々 date:2010年01月16日 23:04
» 消えた門跡寺院
江戸時代の安永から天明(18世紀後半)のころに「都名所図会」「拾遺都名所図会」という京都の旅行案内書のようなものが出版されている。この本は国際日本文化研究... [more]
from:しばやんの日々 date:2009年12月12日 21:28
» 京都四条大橋の話
京都市内を南北に流れる鴨川にはいくつもの橋があるが、祇園や東山を散策する際には四条大橋を行きか帰りに渡る人が大半だろう。
京都に生まれ育った私は何度四条大... [more]
from:しばやんの日々 date:2009年12月12日 21:28
» 大山崎美術館と宝積寺
前回石清水八幡宮と松花堂庭園に行ったことを書いたが、その日は時間があったのでそれから大山崎美術館とすぐ近くの宝積寺に立ち寄った。
大山崎美術館の建物はも... [more]
from:しばやんの日々 date:2009年12月12日 21:27
» 石清水八幡宮と松花堂弁当
徒然草の第52段に「仁和寺にある法師、年よるまで石清水を拝まざりければ、心うく覚えて、或る時思い立ちて、ただひとりかちよりまうでけり。」ではじまる有名な文... [more]
from:しばやんの日々 date:2009年12月12日 21:27
» 隠れ切支丹の里
171号線の中河原交差点から忍頂寺福井線に入り、履正社茨木グラウンドから山道に入る。サニータウンを抜け大岩郵便局を過ぎると暫く樹木のトンネルのようなところ... [more]
from:しばやんの日々 date:2009年12月12日 21:26
» 消えた鶴岡八幡宮寺大塔など
鎌倉の鶴岡八幡宮に以前は薬師堂や護摩堂や経堂や大塔があったことを最近知った。
鶴岡八幡宮は、明治以前は「鶴岡八幡宮寺」という神仏習合の寺院であり、明治初期... [more]
from:しばやんの日々 date:2009年12月12日 21:25
» 明日は彦根城と石山寺
小、中の同級生の友達Nくんが滋賀県に遊びにきてます
小学校低学年の頃から遊んでて
ミニ四駆したり
同じスイミングスクールに通ってたり
中学で一... [more]
from:こーたのブログ date:2009年08月31日 21:43
» 家康と信長
1542年に三河(愛知県)の松平家の長男として家康は誕生しました。幼名は竹千代、6歳の時に織田家の人質となり、のちに今川家の人質になり長い人質としての生活... [more]
from:徳川家康 date:2009年06月20日 17:49
» 5度の合戦が行われた川中島の戦い
天文22年(1553)、村上義清ら豪族から領地復権の要請を受けた上杉謙信は信濃へ出兵。 以来、信玄と善光寺平の主導権を巡って、5度にわたり川中島の戦いが行... [more]
from:武田信玄 date:2009年06月07日 01:52
» 将軍に何かと縁のある箱根温泉
箱根温泉が知られるようになったのは、豊臣秀吉の小田原征伐がきっかけである。広大な小田原城を攻めるため全国の武士を集め長期滞陣したが、その無聊を慰めるため温... [more]
from:歴史面白考察日本史 date:2009年06月06日 16:34
» 明治の混沌とした時代からどう近代に結びつくのか
明治維新とは・・ 一般的にはその前年にあたる1867年(慶応3年)の大政奉還、 王政復古以降の改革を指すことが多い ・・ [more]
from:近現代史・幕藩体制から国際協調へ~世界の中の日本 date:2009年06月06日 16:31
» 讒謗律、新聞紙条例があった時代
政党政治が出て世論が 社会にまさに出ていこうと するときに ・・・ [more]
from:自由民権運動という時代があって date:2009年06月06日 16:29
» 桓武天皇の功績・文化交流、遷都
桓武天皇(かんむてんのう、天平9年〈737年〉- 延暦25年3月17日〈806年4月9日〉)は、日本の第50代の天皇である。 名は山部(やまべ)。 ... [more]
from:未知なる大地から遣隋使派遣、そして平安期へ・日本の歩み date:2009年06月06日 16:27
» 戦国時代の始期と終期について
応仁の乱以降の乱れた世相を、 当時の公家が古代中国の「春秋戦国時代」の乱世に なぞらえ「戦国の世」と表現したのが語源。 && [more]
from:戦国物語絵巻・かくも乱世の時、そして西洋化へ date:2009年06月06日 16:22
» 聖徳太子の経歴、謎と諸説
用明天皇の第二皇子。母は欽明天皇の皇女・ 穴穂部間人皇女(あなほべのはしひとのひめみこ)。 推古天皇元年(593年)4月10日に、摂政となり、 馬子... [more]
from:文化交流、日本固有を求めて国風文化へ date:2009年06月06日 16:21
» 豊臣五大老
天正10年、本能寺の変で信長が討たれると、羽柴秀吉(豊臣秀吉)と柴田勝家が対立し、利家は勝家の与力であったことから勝家側となったが、勝家... [more]
from:前田利家 date:2009年06月06日 12:04
» 豊臣五大老
天正10年、本能寺の変で信長が討たれると、羽柴秀吉(豊臣秀吉)と柴田勝家が対立し、利家は勝家の与力であったことから勝家側となったが、勝家... [more]
from:前田利家 date:2009年06月06日 12:02
» 信長の小姓として、傾奇者が大うつけに仕える
前田利家は、尾張国荒子村(愛知県名古屋市)で土豪前田家の四男として生まれた。幼名は犬千代。
天文20年(1551年)、傾奇者であった犬千... [more]
from:前田利家 date:2009年06月06日 11:57
» もう有名になった徳川十五代将軍を・・
ゲップをせずに 全部言い切りますと 言ったのは「ハイキングウオーキング」ですね。 ・・ [more]
from:歴史面白考察日本史 date:2009年02月21日 13:09
» 8月15日は、何の日かというと・・
新聞の見出しでも見て取れる通りで、慰霊、お参りの日ですね。 小泉さんが、首相になる前からの公約で、8月15日の参拝に訪れたのは、批判もあると思いますが... [more]
from:よくあるタイピングをちょっと楽に date:2009年02月20日 12:43
» 東照大権現って誰のこと?
戦国時代に三河国岡崎に岡崎城主松平広忠の子、 幼名竹千代として生まれる。 小牧・長久手の戦いで10万の羽柴秀吉軍 相手に自らの軍は互角以上の戦いをした。... [more]
from:歴史面白考察日本史 date:2009年02月20日 12:42
» 織田信長について
戦国時代から安土桃山時代にかけて、 世に多大な影響を残した武将であり、 大名(戦国大名)である。 獵 [more]
from:歴史面白考察日本史 date:2009年02月20日 12:40
» 上杉謙信
【 軍神・毘沙門天の化身 】などと恐れられた上杉謙信、その後を継いだ上杉景勝と直江兼続、「義」を貫いた男たちの生き様とは・・・ [more]
from:戦国時代・武将たちの歴史情報ブログ date:2009年02月02日 14:15
» 武田信玄
【 風林火山・武田信玄 】武田最強伝説とは・・・ [more]
from:戦国時代・武将たちの歴史情報ブログ date:2009年02月02日 10:29
» 明治に入るまでは、日本の馬はポニー程度の大きさだったのですか。
明治に入るまでは、日本の馬はポニー程度の大きさだったのですか。
日本の馬は、西洋人の大きい人には足が地面に付くぐらい小さいと何かで... [more]
from:帝都電脳網 date:2008年02月25日 04:06
» 元寇における高麗兵の残虐行為について
元寇における高麗兵の残虐行為について
1 :ヤッホー007:2005/10/02(日) 20:44:10
学校の教師が絶対教えない 元寇における高... [more]
from:帝都電脳網 date:2008年01月22日 17:01
» 世界最強鎌倉武士団
1 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/02/23(金) 16:29:46
13世紀、世界最強だったのはモンゴル騎兵ではなく鎌倉武士。
直接対... [more]
from:帝都電脳網 date:2007年12月16日 14:46
» 武士(倭寇)に関する面白い資料
戚継光 「紀効新書・長刀解」
此自倭犯中國始有之。
彼以此跳舞、光閃而前、我兵已奪氣矣。
倭善躍、一迸足則丈餘、刀長五尺、則丈五尺矣。
我兵短... [more]
from:無限 date:2007年11月27日 05:36
» 「かわいそうだから」という理由で事実を曲げるのが日本人
【沖縄集団自決訴訟の詳報(1)】梅沢さん「とんでもないことを言うな」と拒絶
http://www.iza.ne.jp/news/newsarticle/... [more]
from:無限 date:2007年11月10日 16:26
» 岡崎城の外堀石垣発見
安土桃山末期の強固な石垣 岡崎城(愛知)で発見、国内4番目の規模(2007年11月4日 中日新聞)
岡崎城の外堀石垣を発見(2007年11月6日 読売新聞... [more]
from:愛知の観光産業を考えるブログ date:2007年11月06日 21:09
» 【鉄砲・火縄銃?】武田信玄・上杉謙信 戦国最強神話
【 武田信玄 】武田家鉄砲軽視説。その理由は・・・。また・・・。しかし、武田信玄は鉄砲を軽視していなかった。保有数もかなりあったと考えられる。だが、鉄砲入... [more]
from:戦国時代・武将たちの歴史情報ブログ date:2007年10月28日 09:25
» 【忍者・忍び?】武田信玄・上杉謙信 戦国最強神話
【 武田信玄 】「乱波」「透波」「三ツ者」などの忍者集団が組織されていたのは・・・。「くノ一」で有名なのが歩き巫女の集団。その「歩き巫女」とは・・・
... [more]
from:戦国時代・武将たちの歴史情報ブログ date:2007年10月21日 12:35
» 【金山開発?】武田信玄・上杉謙信 戦国最強神話
【 武田信玄 】甲斐の国において金山開発が本格化。甲斐の金山で産出される甲州金。最大の産出量を誇ったのは黒川金山だ。次のようなエピソードが・・・
【... [more]
from:戦国時代・武将たちの歴史情報ブログ date:2007年09月24日 09:40
» 【経済政策?】武田信玄・上杉謙信 戦国最強神話
【 武田信玄 】武田信玄の最盛期の領土は130万石という。治水事業、新田開発、産業振興策に力を注ぐ。「信玄堤」は困難を極めた堤防建設であった・・・
... [more]
from:戦国時代・武将たちの歴史情報ブログ date:2007年09月17日 10:56
» 【家臣団?】武田信玄・上杉謙信 戦国最強神話
【 武田信玄 】武田信玄の家臣団と言えば「武田二十四将」。江戸時代になり武田家の軍記『甲陽軍鑑』は広く読まれたという。その背景には、徳川家康が・・・
... [more]
from:戦国時代・武将たちの歴史情報ブログ date:2007年09月16日 09:49
» 【軍事用道路?】武田信玄・上杉謙信 戦国最強神話
【 武田信玄 】武田信玄は、「棒道」と呼ばれる軍事用道路を建設して、大軍の移動を迅速にした。まさしく、「疾きこと風の如く」である・・・
【 上杉謙信... [more]
from:戦国時代・武将たちの歴史情報ブログ date:2007年09月14日 20:00
» 【領国統治?】武田信玄・上杉謙信 戦国最強神話
【 武田信玄 】武田信玄を支配原理の範(はん)とした徳川家康。その武田信玄の領国経営とは? また、分国法「甲州法度之次第」を制定した理由とは?
【 ... [more]
from:戦国時代・武将たちの歴史情報ブログ date:2007年09月09日 13:24
» 台風で歴史が動かんかった
結局、木曜日の再放送「その時歴史が動いた」は、台風の影響で放送されなかったみたいです、ガッデム(`;ω;´)
メルフォ設置いたしました。
歴史関連... [more]
from:歴史ロマンはタマランヌ! date:2007年09月08日 11:31
» 特攻隊-終戦日あたりだからシリーズ-こんなに暑いのにもう残暑、大東亜戦争どうすればよかったの残暑
フィリピンに出征していたという祖父をもつ孫の目から見た特攻隊。
すでに勝ち戦のかっこよいもんではなくなってからの話だけど…
... [more]
from:無限 date:2007年08月17日 18:55
» ボボンハウス-日本甲冑-
それは冷静に考えてアク禁というのでは…
いってみればラピュタで将軍閣下と軍隊がラピュタから放り出されたシーンのような状態といいますか&he... [more]
from:無限 date:2007年08月16日 18:02
» 零戦-ZERO FIGHTER-
零戦。
昭和12年1937年10月十二試艦上戦闘機開発開始。爆撃機の護衛が可能な長大な航続力と迎撃局地戦の可能な格闘能力の両立した戦闘機の開発命令... [more]
from:無限 date:2007年08月10日 13:36
» 終戦記念日前なのでシリーズ-シンガポール陥落-
山下泰文「降伏するのかしないのか。yesかnoか!?」
『敵軍ついに白旗掲ぐ』シンガポールイギリス軍陥落。
たしかに水野晴朗に似ている&... [more]
from:無限 date:2007年08月09日 11:50
» 夏といえばもうそろそろ終戦記念日-コードネームZEKE-
どうせ世間では「戦争悪い戦争悪い」を連呼するだけだと思うのでここぐらいはかっこいい映像を集めてみようと思う。
震電-おそすぎた世界最強プロペラ機
... [more]
from:無限 date:2007年08月08日 03:40
» 龍殺し-リアルドラゴンスレイヤー-
13世紀、山名の郎党、福間三郎が戦で使っていたという七尺三寸の太刀。現代の一般的な解釈なら240cm前後ということになる。ドラゴンも物理的に斬れそうな... [more]
from:無限 date:2007年07月08日 12:27
» うみほたるでお気に入りの帽子を飛ばされても泣かない-太刀風唸る博多湾-
大鎧の武士絵を描いて遊ぶ。大鎧好き好き。
弘安の役の対東路軍船あたりの海上戦のイメージ。
当時はこのあたりはどの国も帆船がないから海わたって来るの... [more]
from:無限 date:2007年05月31日 04:50
» 古刀-日本刀-
上古刀
神代から平安初期までの刀剣で中国大陸でいうところの剣(両刃直剣)の形から始まり初期においては大陸からの輸入品とその模擬であったのだが最終的には片... [more]
from:無限 date:2007年04月23日 12:52
» 地租改正
1873年、地租改正条例を発布する。土地の所有者に地券を渡し、地価の3%を現金で納めさせる。 【暗記用俳句】 ♪地租改正 いやな3(1873)パー 取... [more]
from:俳句で覚える歴史年表−Super源さんの年表暗記 date:2007年02月07日 11:22
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飛 「ゼロ」の話の中に「徳川埋蔵金」をテーマにしているものがある。以前からそれの... [more]
from:HIDUKI`S DIARY date:2006年10月10日 23:20
» 「箱館戦争史料集」が10万円ですか…
1週間程前に「アマゾン」で箱館戦争関連の書籍を検索したのだが 箱館戦争史料集:価... [more]
from:HIDUKI`S DIARY date:2006年07月01日 23:13
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